【2010年 第3回】 今日の相続空模様③~「遺産いらない=相続放棄」じゃないの?~ 家計コラム
平川すみこ ⇒プロフィール
「いいよ。オレは二男だし、オヤジの遺産はいらない。相続放棄するから、遺産はお袋とアニキと二人で分けたらいいよ」というセリフを残してカッコ良く実家を出たBさん。亡きお父さんの遺産の全部をお母さんとお兄さんの二人で分割する内容の『遺産分割協議書』にも快く署名押印しました。
それから数ヶ月が経った頃、Bさんの元に一通の通知が。差出人は「○○消費者ローン」。亡くなったお父さんが○○消費者ローンから数百万円の借入をしていたが、まだ債務が残っているので、相続人であるBさんに返済して欲しいという内容だったのです。
お父さんが借金をしているのは知っていましたが、自分に催促が来るなんてビックリ。「オレは相続放棄したんだし、遺産も一切もらってない。だから返済する義務はないはずだ!!」
はたして、Bさんには返済義務はないのでしょうか?
借金も相続財産
民法第896条には『相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する』と規定されています。
ここでいう「権利」とは、亡くなった方が所有していた現預金や不動産といった財産の他、誰かにお金を貸していて返してもらう権利(債権)なども含みます。こういった財産を「プラスの財産」と呼びます。一方、「義務」とは、お金を借りていたら返さなければならない義務(債務)などを指します。こういった財産は「マイナスの財産」と呼ばれます。つまり借金も相続財産として相続人に承継されるため、相続人は返済の義務を負うのです。
「マイナスの財産」がない、あるいは「マイナスの財産」があるけれど「プラスの財産」のほうが多い、という場合はいいのですが、「プラスの財産」よりも「マイナスの財産」のほうが多い場合は、相続人がマイナスの財産も相続するとなると大きな負担が生じてしまいます。
相続するかどうかは選択できる
そのため、民法では、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、相続について単純もしくは限定の承認または放棄をしなければいけない(第915条)」として、相続するか放棄するかを相続人が決めてよいとしています。ただし、制限期間があって、限定承認や放棄をせずに“自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月(これを熟慮期間といいます)”を経過すると、単純承認したことになってしまうので注意しましょう。
相続を放棄すると、“はじめから相続人ではなかった”ことになり、プラスの財産もマイナスの財産も一切相続することはできません。プラスの財産だけ相続したい、という選択はありません!
相続の放棄には手続きが必要
プラスの財産もいらないし(あるいは借金ばかりでプラスの財産はまったくないという場合だってありますし)借金を負いたくないから相続を放棄するという場合。「プラスの財産もいらない(相続しない)よ。だからマイナスの借金も相続しないからね。」と言うだけでいいでしょうか。答えはNOです。
相続を放棄するためには被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所へ申述する必要があります。遠方の場合等には郵送での申述も可能です。そして、家庭裁判所が受理をしたら相続放棄となり、相続人ではなくなるので、被相続人のマイナスの財産である借金も負う義務を承継しなくてよいのです。
Bさんは、相続放棄の手続きをしていないため、相続人としての地位はそのままです。お母さんとお兄さんには放棄するからといってお父さんの遺産を一切もらっていませんが、債権者である○○消費者ローンは、そんなことは知ったこっちゃありませんね。
判例(最高裁昭和34年6月19日判決)では、金銭債務は相続開始により当然に分割されるとされ、各相続人は相続分に応じた割合の債務を負担することになります。そのため、お父さんの相続人であるBさんは、お父さんの借金を相続分に応じた割合で返済してくれと催促されても文句は言えないのです。
(ただし、もちろん、債権者と相続人たちの合意の上で、借金はお兄さんが返済していくと決めることもできます)
このように、「遺産いらない=相続放棄」とはならないことに注意し、正式に相続の放棄をするためには、期限内に家庭裁判所へ手続きすることを忘れないようにしましょう。
なお、相続放棄をして相続人ではなくなっても、生命保険金の受取人に指定されていれば保険金を受け取ることはできますし、被相続人の遺言によって遺産を取得することもできます。これは相続ではなく遺贈だからです。
もちろん放棄をしていて相続人ではないわけですので、遺言に書かれていなければマイナスの財産を承継する必要はありませんよ。
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