マイアドバイザー® 池田龍也 (イケダ タツヤ)さん による月1回の連載コラムです。
目次
【第8回】 池田龍也 の ちょっと気になるニュースから 「年収の壁だけではない ~制度変更の議論とりまとめ編~」
池田龍也⇒プロフィール
▼ 「年収の壁」・・・守ってきたもの
キーワードは「壁」という雰囲気になってきています。長いこと手つかずだった様々な「壁」をどうするかが、連日のように政策論議の場やメディアで取り上げられています。この「壁」が、働き手の働く意欲や働く余力を抑えてしまっているという論議が先行していますが、実はこの「壁」、いろいろなものを守っている、といっては語弊があるかも知れませんが、「壁」によって助けられている部分もある、と考えなければいけないのではないでしょうか。
「年収の壁」は昭和の遺物、という向きもありますが、それなら、なぜ撤廃できないのか、不思議でなりません。邪魔な遺物、というだけなら、すぐに無くせばいいわけですが、なぜ全会一致で無くそう、とならないのか、それは、「年収の壁」が守ってきたものもあるから、ではないか、と考えるとスッキリします。
▼ 与野党拮抗が合意形成型の流れに
総選挙で、与野党の勢力が拮抗したこともあって、さまざまな制度変更の議論が、百家争鳴の状態となっています。与党が数で押し切るような国会運営ではなく、与野党が合意形成を目指しつつ、政策協議や政策運営をしていくかのように、今のところ見えているように思います。
少なくとも、話し合いが行われていることが国民の目に見えやすくなっていることは確かなのではないでしょうか。
▼ 「103万円の壁」をどうする?
まずは、いま旬の議論となっている「103万円の壁」。
ご存じのように、所得税の課税最低限の金額をめぐる議論です。
短時間労働の人たちは、この「103万」の上限というか下限というか、ここを天井として、それ以上の収入を得るような働き方をせずに、課税もされないようにする、という考え方があり、これによって働き手が増えないのだ、という議論が背景にあります。
これと大きく関わっているのが、扶養家族の制度で、パートなどで働く主婦や学生などはこの「103万円の壁」の制度があるために、これを越えないように働いているケースが多く、働く時間を制限することにつながっているというわけです。
専業主婦(主夫)ではないとしても、短時間で働いている人たちは、配偶者の扶養ということなら、健康保険や年金の保険料を支払わなくていいため、「103万円の壁」に守られているというか、言い換えれば「103万円の優遇制度」をフルに活用している、という状況が続いています。
「政府広報オンライン」には以下のように記載されています。
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201309/5.html
会社員や公務員(国民年金の第2号被保険者)の配偶者に扶養されている主婦・主夫のかたは、国民年金の第3号被保険者となり、保険料の納付は不要です。しかし、配偶者の退職や離婚、自身の年収が130万円を超えるとき、国民年金第3号被保険者の資格を失ったときは、国民年金の第1号被保険者として、または国民年金の第2号被保険者(厚生年金被保険者)として保険料を納めなければなりません。
▼ 早くも反論続出
103万円の壁の話については、早くも国民民主党の提案通り、178万円に引き上げると、いろいろ影響が出てくるという反論が出てきています。
〇 税収が7兆円から8兆円足りなくなる。
〇 地方自治体の税収が激減して地方の住民サービスが低下する。
という話が急浮上してきました。
裏を返せば、この103万円の壁は、国の税収を下支えしていたという見方もできます。つまり、国民からすれば、所得がこれを越えると所得税を払うことになる、逆に国から見れば、これを越える人たちからは税金を納めてもらえる、という意味で、この壁は国の税収を支えていた、あるいは守っていたともいえるわけです。
この壁を動かすということは、国の税収の減少につながり、ひいては地方自治体の税収や予算にも関わってくるということで、上記のような反論が出てくるわけです。
▼ 壁は103万円だけではありません
さらに最近浮上しているのが、106万円の壁と130万円の壁です。106万円は越えると健康保険と厚生年金を払わなければならなくなりますし、企業側もその社会保険料を負担しなければならなくなります。130万円を越えると国民年金や国民健康保険の保険料を払わなければならなくなります。
もう壁だらけ、よくもまあこんな複雑な制度を、作り上げたものだと思います。
厚生労働省は以下のような説明文書を公開しています。現行の制度については、簡潔に分かり易くなっています。
『年収の壁について知ろう』
https://www.mhlw.go.jp/content/001265287.pdf
▼ 実は106万円の壁は実は20時間の壁
ここで106万円の壁についてもう少し掘り下げてみたいと思います。106万円の壁とは、これを越えると健康保険と厚生年金を払わなければならないというものですが、実は条件があります。
1)月収88000円以上(これが12か月で約106万円以上となります)
2)従業員51人以上の企業で働く場合
3)週20時間以上働く場合
この3つの条件が満たされると、企業として健康保険と厚生年金に加入して、本人も企業も保険料を払わなければいけなくなるわけです。
この条件の1については、見直しの議論が始まり、2についてもこれまで対象の企業規模をどんどん小さくしてきたわけですが、この企業規模の条件をなくす案も出ているというので、1と2の条件については、すでに見直しの議論の俎上にのっています。
ところが問題はこの3の条件です。「週20時間以上働く場合」。
▼ 現場では「20時間の壁」
実は、これがくせもので、企業側からすると、働く時間を20時間以内に管理すれば、健康保険と厚生年金に加入する必要がなく、企業が負担しなければいけない保険料も支払わなくてすむというわけです。「20時間の壁」を活用して、企業負担がないように、労働時間に上限を設けて、調整しているという面もあります。いってみればこの20時間の壁が、企業の負担を増やさないようにする形で、企業を守っているともいえます。
シニア世代の私の知り合いなどは、働く時間を20時間以内で設定されてしまい、まさにこの20時間の壁があることで、働きたい意欲があっても、そんなこと関係なく、働く時間が決められてしまう、と嘆いています。(年金をもらっているのだから文句言うな、という感じだとも話しています)
▼ 制度変更、金額変更、議論百出
これだけではありません。ご承知のように、いま、いろいろな制度が議論の対象になっています。「103万円の壁」の変更は、減税の方向なわけですが、さまざまな見直しは、国民に対して「働いてください、でも収入が増えればその分、税金や社会保険料もきちんと負担していただきます。減税だけでは許しませんよ。」といっているようにも見えて仕方がありません。
在職老齢年金の見直し
シニア世代で厚生年金に加入しながら働いて月50万円以上の収入があると、もらっている厚生年金が減らされる、いわゆる働き損の仕組みをどうするか。
基礎年金給付の底上げ論議
日本の年金制度は、基本、基礎年金(国民年金)と厚生年金の2階建てになっていますが、この基礎年金を底上げするべきだという議論。
医療の高額医療費制度上限引き上げ論議
医療費が高額になった場合、自己負担を一定額に抑える制度。その上限の額を引き上げようという議論。
これまであまり議論されてこなかったさまざまな制度が政策論議の俎上にあがり、いままさに百家争鳴の状態です、庶民からすると、どれが負担を減らす方向で、どれが負担を増やす方向なのか、なかなか見極めるのが難しいことも確かです。
これから本格化する議論や落ち着きどころがどうなるのか、選挙で示された国民の意思を政策責任者がきちんと受け止めているか、国民の関心もかつてないくらい高まっていることは間違いなさそうです。
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