マイアドバイザー® 顧問 岡本英夫 (オカモト ヒデオ)さん による月1回の連載コラムです。
ファイナンシャル・アドバイザー(近代セールス社;2022年春号以降休刊)の初代編集長として、同誌でも寄稿されていたエッセイの続編的な意味合いのあるコラムとなります。
今回は第11回目です。
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岡本英夫のFPウオッチャーだより 第11回
「N分N乗方式」とは?
少子化問題と関連して、所得税のN分N乗方式が議論されている。
この方式をめぐってはすでに多くの解説記事が存在するが、N分N乗方式と聞いて筆者が思い浮かべたのは、かつて親子間の住宅取得資金贈与に採用されていた5分5乗方式である。
端的に言うと税額の軽減措置のしくみだが、なじみのない方も少なくないと思う。
そこで今回は、かつて執筆した「初級FP・FA渉外入門」(近代セールス社刊、第2版・平成8年)の記述をもとに、そのしくみを紹介してみたい。
「親子間の住宅取得資金の贈与」の5分5乗方式
この制度は平成15年に相続時精算課税が導入されたことに伴い平成17年末をもって廃止された。
しくみは、親や祖父母から贈与を受けた住宅取得資金のうち、1,000万円までの部分は5年間に分割して受け取ったものとして計算した税額を一括して収めるというものであった(現在は「直系尊属からの住宅取得等資金の贈与」については一定の要件をもとに1,000万円または500万円の非課税枠が設けられている)。
例として、親から住宅取得資金として700万円の贈与を受けた場合でみてみる。計算式は次のとおり(平成8年当時)。
その年の贈与税額=(A-B)+B×5
A=(C×1/5+D―C―60万円)×贈与税率
B=(C×1/5―60万円)×贈与税率
※C=住宅取得資金の受贈額(1,000万円を超える場合は1,000万円)
D=その年の受贈財産の合計額(Cを含む)
60万円は当時の贈与税の基礎控除額(平成13年からは110万円)
700万円をこの計算式に当てはめてみる
A=〔700万円×1/5+(700万円−700万円)―60万円〕×10%(贈与税率)=8万円
B=(700万円×1/5―60万円)×10%(贈与税率)=8万円
(A―B)+B×5=(8万円-8万円)+8万円×5=40万円→一括して収める贈与税額
超過累進税率が緩和されるのがポイント
この700万円の贈与に特例がなければ贈与税額は(700万円-60万円)×40%ー100万円(当時の贈与税率―控除額)=156万円である。
それを親や祖父母から住宅取得資金の贈与を受けた場合の特例として受贈額を5年間に分割して受け取ったものとみなして5分の1にする(5分)。
課税贈与金額は算出された140万円から基礎控除額60万円を差し引いた80万円、超過累進税率は10%なので8万円となる。
この8万円の5年分(5乗)の40万円が一括して収める贈与税額となる。
結果、通常の贈与税額である156万円と比べ116万円少なくなる。
ポイントは5分割することで超過累進税率が40%から10%に引き下がることにある。
これが5分5乗方式のメリットだった。
また、この方式により、基礎控除額の60万円の5年分である300万円(基礎控除額が110万円に引き上げられた平成13年以降は550万円)までの贈与なら税金はかからない。
所得税のN分N乗方式とは
さて、上記の贈与税のN分N乗方式のNは5年の5であったが、現在議論されている所得税のN分N乗のNは家族数である。
制度のモデルといわれるフランスの場合、第1子、第2子を0.5人、第3子以降を1人と数える。子ども2人なら0.5+0.5=1となる。これに親夫婦が加われば3である。
課税所得金額300万円(所得控除後の金額)の父親とパート収入100万円以下(所録は0)の妻、子ども2人ということで考えてみる。
現行では、300万円×10%ー9.75万円=20.25万円が算出税額である。
これがN分N乗方式のN=3だと次のようになる。
300万円×1/3=100万円
100万円×5%=5万円 5万円×3=15万円(算出税額)
この場合3分3乗となるが、所得税の超過累進税率を10%から5%に軽減でき、税額ベースでは5.25万円の減額である。
高額所得者のほうがメリットが大きいのが短所
ところで課税所得金額が900万円であったらどうだろう。
現行では 900万円×23%―63.6万円=143.4万円だが、N分N乗方式のNを3とすると、900万円×1/3=300万円、300万円の算出税額20.25万円×3=60.75万円となり、高額所得者のほうがメリットが大きいことがわかる。
課税所得300万円では.5.25万円しか税額は減少しないが、900万円だと82.65万円減少する。
所得税の軽減方法には、給与所得控除や公的年金等控除額といった必要経費に該当する控除額の引き上げ、所得控除である扶養控除等の見直し(年少扶養控除は児童手当との関係で廃止されている)、住宅借入金等特別控除(住宅ローン控除)のように算出税額から直接差し引ける税額控除の創設もある。
また、異次元の少子化対策ということで児童手当の拡充等の施策も検討されている。
N分N乗方式の導入効果は、そうした議論の中に埋没していくのではないかと思うのだが、いかがだろうか。目以降の孫が生まれることを想定したほうがよいと思う。
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