平野厚雄です。 私は社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー(CFP®)として、中小企業の人事労務問題を中心に活動しています。
仕事柄・・・中小企業の経営者のみなさんとお話しする機会があります。
そこで、これから1年掛けて、『経営者を悩ませるよくある人事労務問題』を中心にお伝ええしておきます。
平野厚雄⇒プロフィール
やってはいけないこと
人口減少の中で、ようやく採用できた社員。多くの会社では、採用した社員に期待をして、社員教育の一環で様々な研修を会社が費用負担をし受講させることがあります。しかし、その期待していた社員が、研修受講後すぐに退職してしまうケースがあります。
この場合、その研修費用は実質的に無駄になってしまい、経営者としてはやりきれない気持ちになります。そうなると、人間の感情として「その研修費用を返してほしい」と考えることは不思議ではありません。しかし、ここで会社として絶対にやってはいけないことが1つあります。それは、「研修受講後1年間は自己都合退職を認めない」や「研修後1年以内に退職する社員は、研修費用を返還させる」のような縛り(ルール)をつくることです。これらの縛りは、労働基準法において無効になります。
この労基法第16条は研修費用の返還だけでなく、「退職したら違約金を払え」とか「会社に損害を与えたら〇〇円支払え」というようなケースも違反となります(損害賠償については、あらかじめ金額を決めておくことは違反となりますが、実際に発生した損害について賠償を請求することまでを禁止したものではありません) また、民法第627条には退職の自由が規定されています。
つまり、原則、日本では職業選択の自由があり、退職の自由を制限するような縛りは認められないということになります。
対応方法(金銭消費貸借契約)
労働基準法では、あらかじめ、違約金を定めたり退職を制限させたりすることはできませんので、多くの会社が「研修費用を貸与する」という形態をとります(金銭の貸し借りであれば労働基準法で無効にはなりません)。例えば、研修受講する社員に、「研修受講代を本人に貸与する」という金銭消費貸借契約を締結し、「研修受講後、1年以内に自己都合退職した場合は、受講代、全額を会社に返還しなければならない」と契約することになります。そしてさらに、会社によっては、とりっぱぐれがないように、その返還費用を給与や退職金から天引きできるようにしておくケースもあります。
私も社会保険労務士として就業規則を見させていただく中でこのような対応をされている経営者様と出会うのですが、この金銭消費貸借契約は無効になる場合と有効になる場合があります。この違いを認識している経営者の方は多くはありません。
無効になってしまうケースは、その研修が、業務を遂行する上で欠かせない技術や知識を習得する研修の場合です。このような研修についての費用は、会社が負担すべき費用(社員教育として必要)と判断されますので返還はできません。一方で有効になる場合は、業務とは直接関係なく、受講が本人の自由意志によるもので、個人的な能力を高めていくものになります。
問題の本質
社会保険労務士として今回のテーマの相談をよくうけるのですが、問題の本質はどこにあるかというと、その会社で働く社員さんが将来の自分の姿に肯定的な見通しがもてないということがあります。
将来に肯定的な見通しがもてないので、「会社の費用を使って転職のために勉強しよう」と考えてしまいます。わかりやすく言えば「どうせ辞めるなら、会社のお金を使ってスキルアップしよう」という考え方です。そのような考え方の是非をここで論じることはしませんが、会社の視点で見方を変えれば、その社員が「この会社で働くことで成長できて、活躍できて、給与もアップする」と、将来に対して肯定的な見通しが持てれば、退職はゼロにはならないにしても減っていく可能性は十分に高くなると思います。
したがって、この手の問題に対処するうえで重要なことは、きちんとした返還ルールをつくることももちろんですが、それにプラスして、働く社員にとって魅力的な会社にすること。つまり、社員が「働きたい」と思える会社をつくること。この点がとても重要になります。
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