【2015年 第9回 「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」】
吉田松陰の言葉からから考えるライフプラン
上津原 章 ⇒プロフィール
こんにちは。山口県のファイナンシャルプランナー、上津原章と申します。
今回の松陰先生の言葉から考えるコラムでは、松陰先生が来る船に乗り込もうとして失敗し、下田の牢獄から江戸の牢獄に送られる時に詠まれた歌です。
まずは、この意味を訳してみたいと思います。
「黒船に乗ってアメリカへ行くことが、鎖国である国のおきてを破ることだとわかっていても、この行いが日本の国をよりよくしたいという気持ちから生まれてきていることから、どうしても止めることができない。」
日本は鎖国令を敷いており、国を出ることは大変重い罪になります。松陰先生は死も覚悟して黒船に乗り込みます。漁に出て遭難したところをアメリカ船に拾われ、やがて幕府の通訳などで活躍する土佐藩の中浜万次郎(ジョン万次郎)という例外はあったにしても、自ら渡航する日本人は松陰先生ら以外開国するまで現れません。松陰先生は、日本の将来のためにはアメリカのことを知る必要があると感じて、弟子の金子重輔とともに黒船に乗り込むことを決意します。罪を犯したとはいいながらも、彼の志を多くの人々が認めたこともあり、幸いにも軽い罪で済むことになります。
やがて江戸から萩に送られますが、松陰先生と金子重輔とは違う牢獄に入れられ、金子重輔は獄中で亡くなってしまいます。大河ドラマ花燃ゆでも、金子重輔の死を悔やむ場面が出てきます。死をも覚悟して行ったために、自分は生き延びて、弟子として巻き込んだ者が早く死んでしまうのは何ともいたたまれない気持ちであったのではないでしょうか。どのようなことが起きても志を貫くことの大事さを、この歌は教えているように感じます。
この言葉から学ぶライフプラン
人生の中で、どうしても周りの人の反対を押し切って行わなければならないことが出てきます。親の反対を押し切って結婚する、会社の上司の反対を押し切って転職する、家族の反対を押し切って家を買う等、いろいろなことがあります。
私自身、今の仕事をするにあたって、前の職場から出た辞令を押し切っています。辞令を押し切るのは会社からすれば正しい行いではありませんが、お世話になった義父の住んでいる場所から少しでも近い場所にいたいということで、悩んだ末の決断でした。
ここで気をつけたいのは、決断が自分のためではなく、周りの人のためでなければ反対を押し切ってまでする意味がないということです。周りの人のためということであれば、今だけでなく将来を見据えた動きにおのずと変わっていきます。
どのような決断であれ、周りの人たちが応援してくれる私たちでありたいものです。
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